静かな休み時間

中国の大学の休み時間はずいぶん静かです。

僕が勤めている学校では1コマ90分が45分×2に分かれており、間に10分の休憩があります。

僕たちが学生の頃は、休憩となれば友達と授業に関係のあることないことを話したりしたものですが、こちらではそういうことが少ない気がします。

じゃあ何をしているかと言うと、想像がつくかと思いますが、大部分は黙々とスマホをいじっています。もっとも、それを使ってやってることは結構異なっており、誰かとwechatやQQ(メッセージアプリ)でやり取りをしている人もいれば、ゲームに興じる人もいるし、他にも動画を見たり、買い物をしたりと、見た目とは違って思い思いに休み時間を過ごしています。あまりにも静かなので、学生に「今休み時間だからなんか喋っててもいいんだよ」と冗談を言うことがあるくらいです。

休み時間の教室。人数の割には静かなことが多いです。

かく言う僕も似たようなものなので、これだから今時の学生は…なんて思いません。ただ、スマホというより携帯が出てきたことによって、こうした時間の過ごし方が一変したなという気がします。

思い出してみれば、携帯電話が普及してからこうしたちょっとした時間の過ごし方が一変した感じがします。

まだ携帯が普及する前、学校の休み時間と言えば授業の準備…と言いたいところですが、友人がいればだいたい何か喋っていたし、一人の時はぼんやりしていた記憶があります。

そして通勤電車といえば、新聞や本に目を通す人が非常に多く、特に帰りの車内は話し声もよく聞こえてきたのを覚えています。それがまずガラケーの出現によってメールを打ったりネット(当時は文字情報だけですが)を見るようになりました。初めてみんな黙々と携帯をいじっている様子を見た時、少し不気味に見えたのを思い出します。

車内の風景も変わったものです。

今や本や新聞を見るどころか、ちょっとした仕事も移動中に手元でできるようになり、スマホやタブレットを見るのが当たり前、本を読む人の方が稀になりました。

僕らの世代の日本人はガラケーを経てスマホを使うようになりましたが、今の学生は電話=スマホであり、スマホのない生活というのはもはや考えられないと思います。

ちなみにガラケーは中国語で“大哥大”(dageda)というのですが、それは未知の世界にある過去の物らしく、使ったことがある人に会ったことはありません。

よく考えてみれば、すごい変化の中に身を置いているものです。見たり書いたり発信したりする手間や方法がたかだか30年弱で一変してしまったんですから。ネット普及前には「中国で文章を書き、自分で撮った写真を入れたものをすぐに不特定の人に見てもらう」方法なんて想像もできませんでした。

必要に迫られたこともあり、こうした歴史的な変化にある程度はついて行けましたが、今後は果たしてどうなるんですかね。この20年ほどの大きな変化はもうないような気もしますが、果たしてついて行けるんでしょうか。楽しみなような、怖いような。

maelific526

現在中国で日本語教師をしております。 日々の出来事、気になったことをなどを気楽に書いていきたいと思います。

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